「スポーツの公平・公正なカテゴリー分けについて」の勉強会を共催

11月4日(金)、プライドハウス東京の共催で、標記の勉強会を開催し、100名を超えるアスリート、スポーツ関係者の方々にご視聴いただきました。

昨年の東京オリンピックで、ウエイトリフティング ニュージーランド代表のローレル・ハバード選手がトランス女性として初めてオリンピックに出場し、歴史を作りました。そして、同じく昨年11月、国際オリンピック委員会(IOC)は「性自認や性の多様性に基づく、公平で、包摂的で差別のない枠組み」を発表しました。

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今後、トランスジェンダー選手や、高アンドロゲン症を持つ、女性アスリートが出場できるカテゴリーの基準は、科学的根拠に基づき、人権を侵害することなく、各競技の特徴を踏まえ、競技団体ごとにルール化されることとなりました。

一方、競泳界では、アメリカの大学スポーツ局(NCAA)で競技するトランスジェンダー女性 リア・トーマス選手の活躍を受け、今年6月、国際水泳連盟(FINA)が新しい方針を示しました。FINAの方針は、トランスジェンダー選手の女性カテゴリーでの出場を制限し、トランスジェンダー女性が女性種目への出場資格を得るためには、男性の思春期を全く経験していないことをFINAの求める条件で証明できなければならないとしました。また当該選手も出場できる「オープンカテゴリー」を検討するワーキンググループの設置も決めました。

当勉強会では、イギリス・ラフバラ大学のトランスジェンダーアスリート研究者ジョアンナ・ハーパーさんをお招きし、これまでの研究内容について医科学的な観点からご説明いただき、「スポーツとジェンダー」の議論に詳しい、日本スポーツとジェンダー学会会長であり、中京大スポーツ科学部の來田享子さん、そしてトランスジェンダー当事者の元フェンシング日本代表 杉山文野さん、元陸上選手で現在はアスレチック・パフォーマンスコーチの松本珠奈さんのにパネリストとしてご登壇いただきました。

また、ワールドトライアスロン女子委員会委員長及び公益社団法人日本トライアスロン連合常務理事 を務める、和田知子さんより、国際トライアスロン連盟での議論の内容を情報共有していただきました。


ジョアンナ・ハーパー氏の基調講演

ハーパーさんは冒頭、「トランスジェンダーの人口は0.5〜1.3%と言われているが、トランスの競技者人口は非常に少ない。東京オリンピックには5000人以上の女性アスリートが出場したが、トランス女性が初めて出場し、他にノンバイナリーを公表しているアスリート2人が出場した。トランス女性は身体的なアドバンテージがあると言われているが、社会的には非常に不利な立場にいると言える」

とした上で、以下のさまざまな研究について紹介しました。

  • ホルモン治療をおこなったトランス女性のホルモン変化が、身体組成、筋力、ヘモグロビンにどのような影響を与えているかの研究では、ホルモン治療開始後36ヶ月経過の時点で、筋力の低下はあるが、女性のレベルには達していないという結果が引き出されました (Harper, et al, 2021)。

  • 握力測定の研究では、通常の(シス)男性と(シス)女性の握力の差が57〜62%あるのに対し、トランスジェンダー女性とシスジェンダー女性の握力の差は17%〜19%だったとの結果が報告されました (Hilton, Lundberg, Alvares, et al)。

  • ピークVO2(最高酸素摂取量)を計測したデータでは、体の大きさに比例する摂取量を計算した時、トランス女性とシス女性はほぼ差がなかったことが報告されました(Alvares)。

  • 1.5マイル走を測定した研究では、トランス女性はホルモン治療開始後、徐々にスピードが失われていくが、2年以上経ってもシス女性よりは依然として速いスピードを維持していること、またトランス男性はホルモン治療後にスピードがどんどん速くなり、2年後にシス男性の平均を追い越した例も紹介された。腕立て伏せのテストではホルモン治療開始から2年経過した際、トランス女性の数値はシス女性とほぼ同値になったのに対し、トランス男性の数値はシス男性の平均を追い越した。腹筋テストでも同様の結果が得られた(Roberts et al. 2020)。

  • 15人のトランスアスリート(1名のトランス男性と15名のトランス女性)からの、性別適合ホルモン療法前後のデータ収集の研究では、トランス女性のテストステロン値はホルモン治療開始後1年以内に女性並みに下がった。陸上、水泳、自転車、ウエイトリフティングの異なる競技では、握力、ベンチプレス、最大酸素摂取量、腹筋などそれぞれの身体能力のホルモン治療前後の変化のデータが示された。

ハーパーさんは、現状ではデータが非常に限られている中で、各競技団体は現在持っているデータからベストの決断を下さなければならないが、

  • 今くだされる決断や文書は、今後の研究結果に応じて随時変更可能にしておくべきであること

  • 現状ではレクリエーションレベルのスポーツではトランス女性の参加を制限すべきではないこと

  • エリート・レベルではテストステロン値による制限を与えることは適正ではある

との考えで締めくくりました。


中京大の來田享子さんは、「公平・公正なカテゴリー分けに関するスポーツ界のこれまでの歩み」として、歴史的な観点を説明しました。

來田教授は、「国際社会が医学モデルから人権モデルへと移行する中で、それに対するバックラッシュ、反動の場として、スポーツがあたかも存在するように映っている」と紹介しました。

冒頭のIOCの枠組みを紹介した上で、來田さんは、「すべてのスポーツ現場で排除を差別をなくす教育・啓発に焦点が当てられるべきであり、一般のレクリエーショナルなスポーツ現場や学校体育では、エリートスポーツの規定を当てはめる必要はないだろう」と述べられました。

ワールドトライアスロン 女子委員会委員長 和田知子さん

「ワールドトライアスロンでは2019年から、高アストロゲンの選手、トランスジェンダー選手のオリンピックへのインクルージョンのための基準づくりの機運が世界で高まったのを受け、医事委員長を中心に、研究文献の調査、他のIFとの話し合い、IOCの医事会議への出席を通して検討を続けてきた。2021年からは女子委員会、EDI (公平性、多様性、インクルージョン)委員会、アスリート委員会、コーチ委員会も参加し、議論を続けた。

2022年3月、理事会から要請を受けた上記委員会から具体的な提案が出されたが、更なる情報・調査が必要という理由から理事会での決定には至らず、7月に再度連盟内の法務規約委員会を含む関係委員会代表者が、3日間にわたり徹底的に医科学、人権分野の専門家や、ノンバイナリーやトランスジェンダー当事者の話を聞く機会が設けられた。結果、各委員会から再度の提言が提出され、理事会が協議し、同年8月、

  • テストステロン値2.5nmol/L以内

  • テストステロン値抑制後2年以上経過していること

  • 男性としての競技参加から4年以上経っていること

の要件を満たした場合、トランスジェンダー女性の女性カテゴリーでの参加を承認するポリシーが採択された。

スポーツ科学者の中でも相反する議論があるなか、理事会は入手可能な最新データとTRI医事・アンチドーピング委員会の提案に基づき、トライアスロン競技としてのトランスジェンダーポリシーを決定した。この方針はIOCの方向性に沿うものでもある。現段階でトランスジェンダーアスリートを排除することは、本スポーツに特化したリサーチ自体ができなくなることであり、その先に進むことが望めない。まずはトランスジェンダーアスリートを受け入れる方向で法務的な整備をし、その中でフェアネスが保てるようにすべき、ということで決断に至った。今回決定されたポリシーは『生きた文書』であり、本件に関して最新の科学的研究によって修正更新されていくものである」

<パネル・ディスカッション>

杉山文野さん

「感情論ではなく、エビデンスベースで考えることが大事だと改めて思った。

10歳から25歳までフェンシングをやっていたが、当時はトランスジェンダーの議論などなく、自分らしく居られる居場所など感じられないまま、逃げるように引退してしまった。自分らしくありたいと思うと、競技者としての人生はなくて、競技を続けたいと思うと自分らしくいられない、「自分らしく」「プレーする」という二つを両立させるということは考えたこともなかった。それを考える可能性が出てきた流れは非常に嬉しく思う。

トランスジェンダーに注目が集まっているが、スポーツ界には様々な不公平が存在する。裕福な国と貧しい国の選手が一緒に戦うことや、2mの選手と160cmの選手がいっしょにバスケットボールをすること、障がい者と健常者の差など、他にもあるさまざまな“公平”のあり方と同じレベルで考えるべきカテゴリーだと思う。

仮にトランス女性の競技参加が不公平だというならば、トランス女性がいかに社会のさまざまな不公平を強いられ、社会の被害を受けているかについてももっと理解されるべきではないか。

スポーツと社会課題を一緒にするなとよく言われがちだが、スポーツと社会は分けては考えられないと私は思う。スポーツからの排除は社会からの排除につながる。インクルージョンありきで、公平性を考えていくべきではないかと思う。

真の公平性を語るのであれば、トランス女性が注目されがちだが、トランス男性においても検討すべきではないか。優位に働く可能性があるところばかりに注目して不公平だというだけでなく、逆に不利に働く可能性がある点になぜ注目しないのかと、そこも両方合わせた上での公平性が議論されないことには、真の公平も語れないのかなと思う。

賛否両論あるが、議論の過程において理解が進んでいくことがとても大事だと思っている。東京2020大会でトランスジェンダーのアスリートが出場したからこそ、今こういった議論で日本でもされるようになり、今までトランスジェンダーのアスリートに関して考えたことがなかったような方と、今日のように議論を始められた。やっと日本は議論の土俵にやっと上がったというような状況。スポーツ界が変わることで社会が変わる。ぜひこの議論を継続することによって更なる理解が深まったほしい。引き続きよろしくお願いします」

松本珠奈さん

「現役時代、陸上競技をやっていた。陸上のルールでは男女で距離や重さが違う。個人的には、男子競技から女子競技への変更の際の、違うルールへの対応はあまりやりたくないと思っていた。

一方で、日本では体育の授業を男女に分けてやっていると先日初めて聞いてびっくりした。私はドイツで育った際、(学校体育を)男女一緒にやることが当たり前で、性別で分けることをそもそもしない環境で育った。カテゴリーを性別だけで分けるのではなく、レベルで分けたり、違う分け方ができたらいいと思った」

「スポーツを通じて成長できる部分も大きいと思うので、そこからトランスジェンダーを排除するというのは好ましくないと思うし、ハイパフォーマンスは別として、育成、ジュニア、子供のレベルで排除するのは危険。スポーツを通じての成長、頑張り、そういうことを大事にしてほしい。そういう議論ができるためには、社会がもっと男女平等に近づかなければならないと思う。スポーツから社会が変わるのか、社会からスポーツが変わるのか、ということももっと議論しなければいけないと思う」

ジョアンナ・ハーパーさん(トランス女性を公表)

「私は現役時代マラソン・ランナーで、2時間23分のタイムを持っていた。ホルモン治療を始めて9ヶ月後、私のタイムは12%落ちた。これは、男女の平均的な差と同じ。だから自分にとっては、男性アスリートとしての身体的なアドバンテージを失い、女性カテゴリーで競技するのにフェアな状態だと感じた。

でも私が女性アスリートに勝つと、その人は不公平だと感じる。もしその人が私に勝てば、それは公平だと感じる。

そのためにとても難しい立場に追いやられた。たくさんのネガティブな意見を投げられたことは事実」

「この議論において、100%のインクルージョン、100%の公正性を引き出すことは不可能だと認識している。その中で選択をしなければならないことも。でもレクリエーショナルやジュニアレベルでインクルージョンを重んじ、エリートレベルで幾らかの制限をかければ、100%には至らずとも、たとえば90%くらいのインクルージョンと90%くらいの公正性を確保していると言える。だから私は、インクルージョンと公正性の間に摩擦がある中で、インクルージョンと公正性を最大限に高める努力をできるような政策を作り上げていくべきだと思う」

來田享子さん

「フェアネス、インクルージョンとスポーツのカテゴリー分けの議論は、時代や価値観の中でどんどん変わってきたものであって、普遍的なものではない。その変化を知ると、そもそも男子競技、女子競技という男女分け自体が時代遅れなのではないか、スポーツは21世紀に新しいフェーズに入っていくのではないかと思わされる。今の考え方の中から公平性を保つのではなく、時代の流れに即してパラダイムを変えることが必要。どうすればいろんな人が面白いと思い、やってみたいと思える競技になるか、それを柔軟に考えなければならない」

「ラフバラ大学の研究におけるエビデンスを見せていただいて、一口に性別適合ホルモン療法と言っても、いろんな人によって与える影響が違う、一人の身体の中でもその部位、機能によって与える影響は異なるということは非常に注目すべき内容だと思った。私たちはこれからかなりエビデンスを積み上げていかなければならない。こういう研究があって始めて、参加基準の話ができるようになる。そして,ある選手のパフォーマンスが上がった、下がった、という単純な見方だけでトランスジェンダー選手を排除するような判断してはならず、多角的なものの見方が必要だということを教えていただいた。

差別や排除があり、インクルーシブな環境がない中で、こうしたエビデンスを積み上げることは難しいとジョアンナさんも言われていたが、これは2010年に平等法ができているイギリスでさえ困難だということだ。トランスジェンダーとシスジェンダーの人々が共に科学的データの蓄積に協力して、対話をすることができるために、差別や排除をなくす教育・啓発をスポーツ界が実施し、環境を整えることがまずは大前提として必要であると思った。

今日の皆さんのお話を聞いていて思い出したのは、国際フェアプレー委員会の公正性の定義である。同委員会は『スポーツに参加する機会が平等に与えられているということ』を公正性の定義としている。それを考えると、その競技の条件が均等であるということの本質的な意味とは、個人の尊厳、あるいは人格の尊重をもたらす基準こそが公正である、ということではないか。それは、今までの私たちが考えてきた公正性、つまり、これまであまり困難さを感じずに参加できていた人たちにとっての公正性とは違うかもしれない。そのことをしっかり心の中に刻んで考えていかなければいけない。一人でも多くのトランスジェンダーのアスリートが一緒に競技をし、その中でデータが蓄積されるようなスポーツ界のあり方を考える上では、法律で平等法や差別禁止法がない日本のスポーツ界の場合は、特にインクルーシブな環境を作っていかなければ、前に進まないということを改めて確認させていただいた」

関係団体

主催:プライドハウス東京、一般社団法人SDGs in SPORTS

協力:ウィメン・スポーツ・インターナショナル(Women Sport International)、公益財団法人日本オリンピック委員会

運営:プライドハウス東京アスリート発信チーム(企画・運営:一般社団法人S.C.P. Japan)

助成:日本財団

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