アスリートが気候変動に取り組む理由
「ずっと世界一を目指してスポーツに打ち込んできた。
引退する時、”So, what’s next?” (次は何しよう?)と自分に問いかけた。
気候変動問題よりチャレンジングな問題なんてない。だからこそ挑みたいと思った」
Sport Positive Summit で出会ったアスリートの一人が言った言葉です。
挑むには壮大すぎる。誰もがそう思うこの問題に取り組む意欲を、アスリートならではの精神力で挑もうとする決意に、ハッとさせられました。
ロンドンで開かれた2日間の国際会議に、スポーツを通した気候アクションに取り組むアスリートやスポーツ関係者が集結しました。
多くのセッションのうち、“Beyond the Hashtag: Evolving The Athlete Voice”(「ハッシュタグの先に:アスリートの発言力を進化させるために」)のセッションでは、アスリートをどのように気候アクションにエンゲージすべきか、何が課題かについて、アスリートたち同士で議論しました。
なぜアスリートを社会課題解決のためにエンゲージさせることが必要なのか
ジェレミー・ケースビア氏(アメリカ出身のプロのビーチバレーボール選手)
「アスリートはスポーツのファンや他のアスリート、リーグ、チーム、会場、スポンサーなどの全てのステークホルダーの中心にいます。アスリートがこのテーマに関して情熱を持っていて、コミットしていれば、彼らはメッセージを拡散し、より多くの人々を引き入れるのに、完璧なメッセンジャーとなり得ます」
ジェイミー・ファーンデール氏(7人制ラグビー・スコットランド代表)
「競技団体や企業がプレスリリースを出すよりも、アスリートが自分の思いを発信する方がずっと多くの人に響きます」
では実際、どれほどのアスリートたちが、気候変動に対して真剣に考えているのでしょうか。
世界陸連が昨年行ったアンケートによると、陸上選手で気候変動に対してとても懸念していると答えた人の割合は77.4%にも及んだといいます。それほど、気候変動は世界のアスリートたちにとって身近な問題となってきているのです。
活動を始めたきっかけ
それでも、自発的に活動を行うにはまだハードルが高い分野であることには間違いありません。
すでに活動を始めているアスリートたちが、これまでの歩みについて語りました。
ジェレミー・ケースビア氏
「南カリフォルニアで育ち、サーフィン、ビーチバレーボール、キャンピング等を通して自然に触れてきました。高校の授業で環境について学んで、地球がどれだけ危機的な状況にいるかを知りました。そのことから、大学(UCLA)では環境学を専攻しました。
12年間プロ選手として活動しましたが、現役のうちからいつも、自分の“プラットフォーム”を利用して、環境に関する活動をしたい、キャリア・トランジションはその後でいい、と思ってきました。
簡単ではなかったです。自分で発信するのに、10年以上かかりました。きちんと発言できるようになってきたのはここ数年です。気候変動はとてつもなく大きな問題。スポンサーとかチームに咎められるのではないかとか、発言することによって一般の人からとやかく言われることも心配してきました。
専門家になりたいと思ったし、MBAを取りに行ったりしたかったけれど、結局何年もリサーチしたり、ポッドキャストを聞いたり、わからないことを専門家に訊ねたりしました。プロ選手として競技を続けながら、自分のカーボンフットプリント(CFP, 二酸化炭素排出量)を測り、それを削減し、オフセットする活動を続けてきました。
ジェイミー・ファーンデール氏(7人制ラグビー・スコットランド代表)
今まで11年間プレーしてきましたが、スポーツのチームは、アスリートを利用して、都合の良いようにその時その時に宣伝したいテーマの“帽子”を、都合がつくアスリートに被せているだけのように感じていました。たとえば、チームや団体が環境問題の啓発に関するプレスリリースを出して、アスリートを選んで、植林なんかをさせて、写真を撮って、それでおしまい。そうやってチェックリストにチェックを入れているだけのような。
でもアスリートが“プラットフォーム”を正しく使って発信すれば、そのメッセージはとてもパワフルになり得るんです。そう言うふうに使えるプラットフォームが自分にはあることを認識していました。
そんな時、昨年の東京オリンピック前と今年のコモンウェルス大会の前に、Athletes of the World のセミナーがあって、Melissa(元ボート英国代表、Athletes of the World の共同創設者)が気候変動についてのレクチャーをしてくれたんです。その時話してくれた、アスリートの影響についてのデータが心に響いたんです。
それで、自分が使える“プラットフォーム”を気候変動のために有効に使おうと決めました。
自分が熱心に興味を持つようになって、話すことを自分で考えて話せるようになりました。
コモンウェルス大会ではスコットランド代表チームの“サステナビリティ・キャプテン”の一人に任命され、メディアの前で話す機会も頂きました。
発言することの恐怖心
著名なアスリートが自分の発言の影響力を考慮すると、気候変動などの複雑な問題に関して話すことに、恐怖心を持つのは当たり前のことです。それをどうやって克服するかを話し合いました。
ケースビア氏
「自分が専門家ではないことをずっと心配してきました。10年以上経って、ようやくほんの数年前から、自分のソーシャルメディアで伝えるようになったんです。そうして、少しずつ恐怖心を克服しようとしてきました。
必ず、移動のことや飛行機の利用について、コメントやダイレクト・メッセージでいろいろと言ってくる人がいます。
でも移動や飛行機に乗ることは私の仕事の一部で、不可欠なこと。
『私は完璧ではないです。自分のカーボンフットプリントを測り、非営利団体で働いたり、多くのプロジェクトに携わっています。私に他にできることはありますか?』と聞くと、大体返事は返ってきません。
自分が始めたこと、やっていることや伝えたいことをオープンに、正直に話すことが大切だと思います。
ファーンデール氏
「確かに怖いですよね。だからこそ私はたくさん勉強しています。
でも自分に言い聞かせているのは、アスリートは科学者にならなくてもいいと言うことです。
誰かにソーシャルメディアで色々と言われることもあるかもしれませんが、私たちは科学者ではないんです。
目的を持って活動している人を、誰もおとしめようとしません。
まずは、自分のパッションについて話して、最初の一歩を踏み出せば、次のステップ、そのまた次のステップが来ます」
メリッサ・ウィルソン氏(元ボート英国代表、Athletes of the World の共同創設者)
「団体や企業などがアスリートの発言や活動をバックアップしてくれると、アスリートたちは“専門家じゃないのにどうしよう”とか、“トレーニングや試合で忙しくて時間が取れない”などという余計な心配をしなくて良くなりますよね。一緒に活動してくれる人を探すことが大事だと思います」
気候変動の取り組みで一番大切なことは、パートナーシップ。
2日間のサミットでは、アスリートに限らず、多くの人がそう話していました。
他のアスリートにどうやって伝えるか
タイシャン・ハイデン=スミス氏(ニュージーランド出身の元プロサッカー選手)
「伝統的に、社会的な活動について、チームメイトとのロッカールームの話題には上がらないですよね。そういったことを堂々と話すのはスティグマや、恥ずかしさがある気がします。特に若いアスリートたちにとっては。競技のことだけで精一杯ですから。
でもそういった”恥”みたいなものを取り除かなければならないと思います」
「アスリートが社会的なことに声を上げるときに、必ず“スポーツに専念しろ”みたいなことを言う人がいますが、とても不快に感じます。
私たちを取り巻くシステムでは、政治的にさまざまな決定がなされ、その結果苦しむことがあります。もっとアスリートたちに主体的に取り組ませて、連携すべきだと思います」
これから取り組まなければならないこと
タイシャン・ハイデン=スミス氏
「とにかくアクションを、変化を起こさなければなりません。政策が変わるのを待っていては追いつきません」
メリッサ・ウィルソン氏
「最初からアスリートをエンゲージすることが大切です。プログラムの内容を作って、最後に読んできて写真を撮るだけではなく」
「いくつかの競技団体は、メンタルヘルスや違法行為、多様性などに関する素晴らしいプログラムを持っています。でもサステナビリティに関しては多くのアスリートが関心を持っているのに、まだそのような教育プログラムが不足していると思います。
そしてアスリートを教育したり、彼らの役割についてもとても大切ですが、どうやって彼らがメディアを通して話せるようになるかがもっと重要です」
ジェイミー・ファーンデール氏
「その通りですね。アスリートを、後で付け足しのように考えるべきではないと思います。そのアイデアに関して、すでに興味を持っているアスリートがいるかもしれません。そういったアスリートを探すことが大切」
ジェレミー・ケースビア氏
「今まで気候変動のことを勉強していないアスリートに30分程度の研修を実施しても、彼らがそれを自信を持って話せるようにはならないですよね。私だってきちんと発言するのに10年、15年とかかりましたから。
情報などのリソースを与え、方向性を示すのはとても大切だけれど、アスリートのエンゲージメントにはさまざまな方法があるし、人によってコミットメントのレベルもさまざまです。いろいろな性格、強み、興味を持ったアスリートたちがそれぞれのやりやすい形で活動をすることが望ましいですね」
文責:Naoko Imoto